2026-11-05

私もかつては、ベンチから大声で指示を飛ばすタイプの指導者でした。というか、今でも喉元まで出かかった言葉を飲み込むのに必死です。「転ばぬ先の杖」を渡したくなる。失敗する前に、「あっちに穴があるぞ」と教えたくなる。だって、大切だから。

 

ベンチの顔色を窺う子供たち

 

先日、ジュニアスポーツの現場で、こんな光景を見かけました。

 

「そこはもっと前に詰めないと!」「ほら、また同じミスしてる!」ベンチから飛び交う、熱心な指導者や親御さんの声。

 

子供たちはその声に反応して動きますが、その表情はどこか固い。「次は怒られないようにしなきゃ」と、ベンチの顔色をチラチラ窺っているのが分かります。

 

あぁ、分かるなぁ、と思うのです。

 

失敗させたくないし、勝たせてあげたいし、傷ついてほしくない。それは間違いなく「優しさ」や「愛情」から来る行動です。

 

でも。今日は、その「優しさ」が、実は一番残酷な副作用を持っているかもしれない、という話をします。

 

「言いたくなる」のは、誰のため?

 

少し厳しい言い方になりますが、私たちが「先回りして指示を出す」とき、その深層心理にあるのは何でしょうか。

 

「子供(部下)のため」? 本当にそうでしょうか。

 

私が自分の心を解剖してみたとき、そこにあったのは「自分の不安」でした。

 

目の前でミスをされるのが怖い。負けるのが怖い。「指導していない」と思われるのが嫌だ。スムーズに進行してほしい。

 

つまり、「言いたくなる」のは、私の心の安定剤だったのです。

 

「ほら、言った通りにすればできるだろう?」そうやって自分の正しさを確認し、安心したいだけだったのかもしれません。

 

でも、その代償として、相手から奪っているものがあります。それは、「自分で考えて、失敗して、そこから立ち上がる経験」です。

 

「次はどっちに行けばいいですか?」

 

「右に行け」と言われて右に行き、成功したとします。

 

そのとき、部下や子供が得るのは「右に行けばいいんだ」という情報だけです。「なぜ右なのか」「左だったらどうなるのか」という思考のプロセスは、ごっそり抜け落ちます。

 

そして、次に似たような状況になったとき、彼らはこう言います。

 

「次はどっちに行けばいいですか?」

 

これが、指示待ち人間の完成です。

 

私たちが良かれと思って出した指示が、彼らの思考回路をショートさせていた。つまり、自分が指示を出し続けなければ動けない状態を、自分の手で作っていたということです。

 

「失敗」というデータを奪わない

 

ビジネスでもスポーツでも、本当の成長は「失敗」のあとにしか訪れません。

 

「あ、このやり方だと上手くいかないんだ」「この言い方だと相手は動かないんだ」その「痛い」という実感こそが、行動を変える最強のデータになります。

 

私たちが先回りしてその失敗を回避させることは、彼らがデータを収集する機会を奪っているのと同じことなんです。

 

「失敗させない」は、一見優しいサポートに見えます。でも長期的に見れば、免疫のない弱い個体を育てているに過ぎません。

 

転ばせないのではなく、致命傷にならない環境を作る

 

じゃあ、放置すればいいのか? もちろん違います。

 

私たちができるのは「転ばないようにすること」ではなく、「転んでも致命傷にならない環境を作ること」。私はこれを「我慢のマネジメント」と呼んでいます。

 

ビジネスなら、取り返しのつかないミスになる手前までは、ぐっと堪えて見守る。いわゆる「撤退ライン」や「安全ネット」だけ張っておく。スポーツなら、練習試合でのミスは笑って許容する。

 

そして、彼らが盛大に転んだとき。「ほら見たことか」と正論で追い打ちをかけるのではなく、「痛かったな。で、次はどうする?」と、タオルを差し出す。

 

それだけでいいはずです。

 

勇気を持って、口を閉じる

 

「見守る」というのは、実は「教える」ことの100倍難しいです。

 

教えることは快感ですが、黙って見ていることは苦行に近い。胃がキリキリするし、時間はかかるし、成果はすぐには出ない。

 

でも、その「忍耐」こそが、リーダーや親の品格だと思うようになりました。

 

明日、部下や子供が何か危なっかしいことをしようとしていたら、喉元まで出かかった「それは違う!」という言葉を、グッと飲み込んでみませんか。そして、心の中でこう呟くのです。

 

「さあ、良い失敗をしておいで」

 

彼らが自分で考えて、転んで、泥だらけになりながら立ち上がったとき。その顔は、指示通りに動いて成功したときよりも、ずっと誇らしげで、強いはずです。

 

私もグラウンドで、唇を噛み締めながら沈黙を守る修行をしてきます。

 

一緒に頑張りましょう、とは言いません。ただ、同じ苦行に耐える仲間がどこかにいると思っていただければ幸いです。